つい最近まで花が咲いていたと思っていたらもうこんなに枯れてしまっているんですね。

山陽新聞「滴一滴」から転載 (2015年08月27日 08時00分 更新)

 選挙といえば、立候補者の中から選んで無記名で投票する。それが当然のように思われるが、1890年にわが国で衆院選挙が始まった当初は全く違った▼立候補制ではなく、納税額などの要件を満たす人なら誰に投票してもよく、記名投票で行われていた。国会議員を務める意思がない人が当選する可能性もあるから、本人が承諾書を出した上で正式に国会議員になったという▼後に首相となる犬養毅(号・木堂)もこのとき初当選した。岡山市北区の犬養木堂記念館で今月末まで開催中の特別展「木堂さんと選挙」で、当時の様子や選挙の変遷を紹介している▼立候補制でなかったことで珍事が起きる。1925年の補欠選挙。政界引退を決めた犬養の議員辞職に伴って行われたにもかかわらず、当選したのは犬養本人だった。犬養は翻意し再び議員となり、6年後に内閣を率いる▼こんな制度でなければ、犬養首相の誕生も、その後に凶弾に倒れることもなかったろう。歴史の微妙なあやが感じられる。有権者はまさに「出たい人より出したい人」を選んだ▼翻って現代。未公開株購入を持ちかけた金銭トラブルで自民党を離党した衆院議員、架空の市民アンケートで政務活動費を受け取った疑いの神戸市議会議員。相も変わらずの政治家を見ていると、かつての制度をうらやみたくもなる。