ああ~外は今・・どうなっている

永い間応援して頂いた深ナビも運用方法が変わりブログの掲載先もこちらに変更になりました。今まで同様に深川の今をお伝えできればと思っています。年とともに行動範囲が狭くなってきていますので今後は気ままに発信したいと思います。

2015年08月

カラマツハバチの被害

カラマツと言えばラクヨウキノコ。発生までにはもう少し日数が罹りそうですが、今年はハバチ被害に遭っている木が目立ちますね。

福島民友新聞【編集日記】より転載(8月26日付)

 秋の気配が増し、朝晩は肌寒さを感じるようになった。厳しかった暑さも、ようやく衰えたようだ
▼温暖化傾向にあるという地球。米海洋大気局(NOAA)が世界全体で進んでいることをうかがわせる分析結果をまとめた。地上と海面を合わせた地球全体の1~7月の平均気温は、観測記録が残る1880年以降では最も高かったという
▼地球はその歴史の中で今より寒冷な氷期と、温暖期である間氷期を繰り返してきた。一番新しい氷期には北極や南極の大陸氷床が拡大し、海水面は今より120メートルも低く本州、九州、四国も一つの島になっていた
▼人類も旧石器時代から縄文時代にかけ、寒冷化と温暖化という気候変動に直面した。その後は温暖な環境が続き、現在は間氷期。祖先はこの”好条件”下で文明を生み、産業を興し、都市を造り、現代社会を築いてきた(阿子島香「東北の古代史・北の原始時代」)
▼温暖化は地球の運動や太陽活動、海洋深層循環、火山噴火など自然要因に誘発された。人類は自然環境と対話しながら生き方を変えてきたという。今は化石燃料の消費や森林伐採など人為的な要因が加わる。新たな変動に直面する人類。今も自らの生き方が問われている。

一人言:人類だけでなく生きとし生けるものすべての動植物が対応しているんです。

幻日の夕日

最強の台風も急に失速したようです。北海道の日本海側を通ることにでもなれば昔の洞爺丸台風の様な事にもなるのかと心配しましたが勢力が衰えオホーツク高気圧のおかげで逸れてくれました。

平和な北海道の夕日は秋の雲でした。しかも幻日のおまけ付きでした。

高知新聞「小社会」より転載
2015年08月26日08時08分
 太平洋戦争は1945年8月15日に終わったが、程なく始まったのはソ連(当時)による日本人抑留。指導者のスターリンが移送を命じる極秘指令を出したことで、帰国に胸を躍らせた旧日本兵の運命は暗転した。

 ▼抑留されたのはシベリア、モンゴルで約57万5千人。朝鮮半島などを含めると人数はさらに増える。5万人以上の死者には、今も身元が分からない人が多く、収容した遺骨は全体の3分の1にとどまる。抑留は決して過去の話ではないが、「ノルマ」という言葉を通じて、戦後の日本人の働き方とも関わっている。

 ▼国語辞書「大辞泉」は、ロシア語のノルマは「規範・基準の意」とし、こう説明する。「一定時間内に果たすよう個人や集団に割り当てられる標準作業量。第2次大戦後のシベリア抑留者が伝えた語」

 ▼抑留者は道路・鉄道の工事、森林伐採などに従事した。時に課せられたのは過大な目標。達成できないと残業が待っており、1日の労働が原則の8時間をはるかに超えることもあった。これに栄養失調、極寒、疫病が加わり、次々に力尽きた。

 ▼ノルマが標準作業量だとすると、無理なく達成できるはずなのに、日本では過大な数値目標というイメージがつきまとう。それを引きずるのがブラック企業だし、東芝の利益水増し問題もこれと無縁と言えるのかどうか…。

 ▼ノルマを規範と考えると、日本社会には見直すべき慣行がありそうだ。

昨夕

きれいな夕日は快晴の朝でした。

ヒメヒオウギスイセン

陽が短くなってきた感が一層感じられるようになってきました。
花の盛りも過ぎて先の方に一輪名残があるのみです。

ポプラ

北海道らしい樹木ですがすっかり少なくなってきました。樹高が高くて風当たりが強いので倒れても影響のないところでしか植えられないせいでしょうか。スーッと伸びて気持ちが良いんですけどね。

涼しげな風が抜けてきます。秋っぽいな。

琉球新報「金口木舌」より転載  2015年8月22日 6:00

対馬丸から71年
 71年前の8月22日午後10時12分。「真珠湾の復讐(ふくしゅう)者」の異名を持つ米潜水艦ボーフィンが、子らの眠る対馬丸に魚雷を発射した
▼乗客が逃げる間もなく、攻撃開始から10分ほどで対馬丸は沈没した。子どもたちは父母を呼び、助けを求めて叫んだという。奪われた命は疎開学童780人を含む1485人(氏名判明分)。レーダーで船団を捉えた潜水艦は悪石島付近で待ち伏せした
▼その名は北米の東に生息する淡水魚ボーフィンに由来する。獲物を待ち伏せして敏捷(びんしょう)に仕留める食欲旺盛な捕食魚だ。しかしそのボーフィンは、獲物ではあり得ない疎開児童や住民の命を海に沈めた。辛うじて生き残った者も、洋上での漂流やその後の厳しい箝口(かんこう)令で生きながら地獄を味わった
▼沖縄戦に7カ月も先立つ当時、南西諸島の海では既に戦争が始まっていた。疎開や引き揚げ者の乗る船が撃沈され、米が制海権を握る危険な海だった
▼前月7日にサイパン戦終結、沖縄での地上戦が濃厚となって軍事を優先した政府が「足手まとい」の子どもや老人を疎開させる閣議決定をして間もなくのことだ。撃沈の夜、洋上には台風が接近し、命からがら脱出した海で高波にさらわれて溺れる人もいたという
▼当時の海を思い出させるかのように、台風15号が今、沖縄に近づいている。海の底に沈んだ人たちの無念をもまた想起したい。

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