ああ~外は今・・どうなっている

永い間応援して頂いた深ナビも運用方法が変わりブログの掲載先もこちらに変更になりました。今まで同様に深川の今をお伝えできればと思っています。年とともに行動範囲が狭くなってきていますので今後は気ままに発信したいと思います。

2014年04月

平田山から 02  (#^.^#)

樺戸の山並みから暑寒の山並み、大雪連山もきれいに見えました。

平田山から 01  (#^.^#)

本当に嬉しい固雪が続きます。今週は平田山です。
昨日の夕日がきれいでしたから今朝の好天が待ち遠しいのでした。
本日は9枚のアップでした。

傾いた~

戸がちゃんと閉まっていないみたいですよ~、と聞いたので行ってみました。あらら・・・・傾いていました。
宮司さんは隣町からで管理人さんもいないとか・・・。これじゃ神様も出て行くわな~。戸の上下に大きな透き間がありました。

夕日

夕日もマイナリーの北側に深く沈んで行くようになりました。陽が長くなりましたね。好天が続いている割には雪の減る量が少ないような気がします。

久しぶりに琉球新報コラムから
<金口木舌>終わらない戦後 2014年4月14日

 肉親の遺骨を探すひたむきな姿を見るにつけ「今度こそ奇跡を」と願う。沖縄戦終結から69年が経(た)ったが、遺族の戦後は終わらない
▼戦死した兄の遺骨を探すため先月来県したのは、北海道千歳市遺族会会長の渡辺鶴雄さん(77)。沖縄戦遺骨収集ボランティアの具志堅隆松さんの協力で戦死した可能性が高い那覇市首里の傾斜地を探し、骨の一部を発見した。「兄を連れて帰りたい」。ぜひ、念願をかなえてほしい
▼一方、69年ぶりに“対面”できた方もいる。田畑耕三さん(享年33)の遺族だ。戦死した父の遺骨と対面しハンカチで涙を拭う子どもたちの姿が本紙8日付紙面で報じられていたが、胸を打たれた
▼DNA鑑定なしには田畑さんの遺骨と判断できなかっただろう。これまで沖縄戦の戦没者4人の遺骨がDNA鑑定で身元が判明し、家族の元へ戻った。非常に喜ばしい。ただ、もっと精力的に取り組めないものか
▼私事で恐縮だが、父の兄2人が沖縄戦で亡くなったが遺骨は見つかっていない。わが子を立て続けに失い、戦後の祖父母の悲しみはどれほど深かっただろうかと思う。癒やされぬ悲しみを抱えた遺族は、県内外に大勢いる
▼県議会は3月定例会で「沖縄戦没者遺骨のDNA鑑定実施」の意見書を可決した。遺骨を一日でも早く家族の元に戻すべく、DNA鑑定の仕組みをしっかり活用したい。

キレンジャク

キレンジャクが毎日来るようになりました。ヒヨドリと毎日ケンカです。

鳥インフルエンザで何十万羽というニワトリが処分されました。
渡り鳥原因説が濃厚ですが我が家も菌が蔓延状態かもしれません。近くに養鶏場がないのが幸いです。
カワラヒワ、ベニヒワ、アトリ、スズメ、ヒガラ、コガラ、シジュウガラ、シメ、アカゲラ、ハシボソカラス、ハシブトカラス、ヒヨドリ、ハトが出勤。
ゴジュウカラ、カケス、エナガは今シーズンは来て居ないようですね。

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